社長のコラム


2月なぜ28日

2025.03.20

2月はどうして28日なのでしょうか。

歴史の通説では2000年前、ローマのカエサル(ユリウス)、帝王といわれた人ですが、彼が暦を作らせたところから始まります。

今日の日本は4月から新年度が始まりますが、そこでは3月から始まったそうです。3月は31日、4月は30日、と31日と30日の月が交互にあり、地球は約365.26日で太陽を回るから1年は365日で、最後の2月は29日(うるう年なら30日)でした。

カエサルは7月生まれ、7月を英語でジュライ(July)というのは、カエサルの名前(Julius)に由来します。


カエサルのあとを継ぎローマ皇帝となったのがオクタビアヌス(アウグストス)です。オクタビアヌスは8月生まれ、8月を英語でオーガスト(August)というのは、オクタビアヌスの名前(Augustus)に由来します。

オクタビアヌスは思いました。「カエサルの月は31日なのに、自分の月が30日しかないのはイヤだ」

そこで8月を31日にして、9月から12月までの31日と30日を入れ替えました。そうすると1日多くなるから、その分、2月をさらに1日減らしました。それで、2月は28日(うるう年なら29日)になったのです。

上は、歴史の好きな人たちに広く認められている説のようでありますが、オクタビアヌスという人物に思いを馳せると、納得しかねます。


オクタビアヌスといえばいわゆる「ローマの平和」という時代を築いた大政治家です。無理非道を押し通すような政治姿勢は決してありませんで、非常にバランス感覚に優れていた人でした。

いくら佞臣の甘言があったとしても、バランス感覚の優れた人が「自分の名前の月が30日なのは不満」だからといってただでさえ少ない2月から1日もってくるでしょうか。そんな人が皇帝となったローマに、どんな平和が訪れたでしょうか。

これが、2月がなぜ28日なのか、という疑問に対する歴史の通説に、納得できない理由です。

では、納得できる説明はあるでしょうか。あるのです。それを解く鍵が「バランス」にあります。


5月6月7月8月9月10月
313031303130
313031313031

カエサルの後継者である、オクタビアヌスが、「カエサルの月(7月)が31日なのに、自分の月(8月)が30日しかないのは我慢できない」と言って、①を②に変更した、というのが定説です。

しかし私は、それは間違っていると思います。そうではなく、彼の企図は、5月から11月までの「曜日」を変えるところにあったのです。

5月から11月の初日(ついたち)の曜日を見てみますと、それぞれ月~日のどれかになります。7ヶ月間にバランスよく1回ずつ出てきます。例えば今年は以下です。
2025年5月1日・・・木曜日
2025年6月1日・・・日曜日
2025年7月1日・・・火曜日
2025年8月1日・・・金曜日
2025年9月1日・・・月曜日
2025年10月1日・・・水曜日
2025年11月1日・・・土曜日


彼の時代にも13日の金曜日のようなイベントがあったのでしょう。それがこの期間に毎年必ず1度だけあるのです。バランスを重視する彼は、そのために8月を1日増やしたのです。

これがカエサルをしのぐオクタビアヌスの功績であり、私は、通説よりもこの説を推すのですが、さて、いまだ疑問が残ります。そんなにバランス重視の彼が、ただでさえ日数の少ない2月から、さらに1日を奪ったのはなぜでしょう。

2000年前のローマの人たちは、「春分」「夏至」「秋分」「冬至」をそれぞれ「3月25日」「6月25日」「9月25日」「12月25日」にしようと思っていたのではないか、と推測できるのです。クリスマスが12月25日なのは一陽来復として冬至を祝う習慣から来ているという説もあります。

今日の暦とは若干ずれています。当時、距離や角度の測量について精度は高かったのですが、時間の計測にコンマ以下の精度は望むべくもなかったでしょう。


そう仮定して話を進めますが、そうすると今度は、ケプラーの面積速度一定の法則が問題になります。

「春分~夏至~秋分」の間の日数と、「秋分~冬至~春分」の間の日数は同じではないのです。いわゆる「北半球では夏が長い」のです。

これを均等にするには「秋分~春分(冬)」のほうから奪って「春分~秋分(夏)」のほうに追加すればよく、減らすとすれば、年度の最後の2月の最後の日であったということです。

これをもって2月が28日しかない理由に納得いただけたでしょうか。

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