社長のコラム


2026.01.31

会社案内のページにサルの絵を載せてあります。サルと言ってもモンキーではありません。オランウータン、ばんな君です。

私の好きな動物です。物心つく前から好きだったということではありません。18の年、きっかけがありました。

大学の1回生でした。故郷を離れて一人暮らし、何を学んでもいい環境に放り出されました。

それまで、学ぶことは決められていました。わずかにオプションは提示されましたが、それは、物理学か生物学か化学から 2つを選びなさい、日本史か世界史か地理から1つ取りなさい、といった程度でした。


テストの点数は数学がよかったのでそれを志向する気持ちもありましたが、大学の数学は『大学への数学』とは異なり、風馬牛のありさまでした。

風馬牛(ふうばぎゅう)は、最近覚えた言葉で、「風」とは「さかりのついた」という意味だそうです。牡馬と牝牛あるいは牝馬と牡牛のつがいが、ともに発情してとなりあっていても、そこには奇蹄類と偶蹄類という進化的な隔たりがあって、当然ながら何も生み出さないように、無関係な様を表します。

典拠として『春秋左氏伝』に「風馬牛不相及」(風すれど馬と牛とは相及ばず)と出てくるそうです。音読みすると、「風」と「不」、「牛」と「及」が呼応しています。

試みに手元にある漢字辞典で「風」の字を引いても「発情した」という意味は載っていませんでした。このケースだけの特殊な表現なのかもしれません。


そんな牛と馬のように、どういうところが及ばなかったのか、今にして思えばもったいない話なのですが、生理的に受け付けなかった、というのがきっと大きな理由でした。

どのように受け付けられなかったのか、後に省みた話は、いつかここに載せるのですが、今回はオランウータンの話です。

オランウータンとひと口に言っても生物学的な種は2つか3つに別れるそうです。

いわく、ボルネオ島のオランウータン(Pongo pygmaeus)、スマトラ島のオランウータン(Pongo abelii)、さらには同じスマトラ島にいてもタパヌリのオランウータン(Pongo tapanuliensis)は別種、とこれは近年判明したそうです。


マレー語でオランウータンは「森の人」を表すそうですが、中国では猩々(しょうじょう)と呼ばれ、虚実交えた伝承を伴ってこの国に入ってきました。日本の古代を描いた『もののけ姫』という映画にも出てきます。

二足歩行のヒトに似た風貌と、その赤い毛並みによってでしょう。猩々は無類の酒好きとされました。

大学の初年度に読んだ本に、ボルネオの住人が猩々を捕らまえる伝承が記されていました。食用に資したのかもしれません。

猩々を、彼らの飲むお酒でおびき寄せるのですが、まずは水で割って薄めたものを置いておきます。はじめは警戒していても、匂いにつられて一口、美味しい。酒の味が忘れられなくなるそうです。


彼らは月日を費やして、だんだん薄める量を減らしていきます。

しだいにアルコール濃度が高くなり、しまいにストレートでぐいぐい飲むようになります。猩々は泥虫のように酔っ払ってぐずぐずになり、高いびきをかいて眠っている個体を、まんまと捕獲するそうです。

猩々、なんて愛おしい存在なのだろう、と思いました。卒業論文のテーマにオランウータンを選んだのも、懐かしい思い出です。

それからおおよそ四半世紀、会社を設立する段になって、私は猩々が好きだったことに思い至った次第であります。


みんな猩々ではないかと思うわけです。年齢を重ねることは、猩々の飲むアルコール度数が高まっているようなものではないでしょうか。

浮世の酒をひと口ふた口、シラフのつもりで飲み続け、知らない間に増えていたアルコールの含有量に、気の回らないままフラフラになっている人は、裏を返せば美味しい美味しいと酒に浸れた幸せな人生でなかったでしょうか。

酒を飲まねばいつまでも生きておられる、なんてことはあるまいに、酔生夢死でよかろう、とする考えを否定できるのは、シラフのつもりの人でしょうか。シラフになろうとする人間の営みを否定するつもりはありませんが、私は猩々が好きなのです。

とはいえ酒を購うため、フラフラになるまで働かなければならないのは、つらいところであります。


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